コラム

1 隣地使用権

2021/12/13
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(1) 現行法の内容とその問題点

現行の民法209条1項は、「土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。」と定めています。

しかし、

 ① 例えば庭石を移設する工事等、同項に挙げられていない工事等の際に、隣地に資材を置いたり足場を組んだりする等、隣地の使用を請求できるかは必ずしも明らかではなく、土地の利用が制限されている(法制審議会部会資料(以下単に「部会資料」)7 20頁参照)、

 ② 民法209条1項は、隣人に対して隣地の使用を請求する権利を定めたものと解釈されるところ、隣人の承諾を得ることができない場合には、裁判所に訴えて承諾に代わる判決を求めなければならない(部会資料7 21頁参照。なお、我妻栄「新訂 物権法」286頁参照。)、

 ③ 隣地を現に使用する人がいない場合には、隣地所有者を探索する必要があり、時間と労力がかかるという結果になる。以上のことから、土地の利用の阻害要因となっている(部会資料7 21頁参照)、

以上のような指摘がありました。

 

(2) 問題点を解決する方向性

①については、類型的に隣地を使用する必要性が高いと考えられる所定の目的を列挙する方向で(民法 不動産登記法等の改正に関する中間試案の補足説明(以下「中間試案の補足説明」)93頁)、

②については、承諾を得なくても使用できるという法的構成を採用する(したがって承諾のために判決を取得する必要はない。)、ただし、使用の日時、場所及び方法は、必要な限度で損害が最も少ないものを選択させるとともに、隣地所有者及び隣地使用者に対する利益を保護するためにその双方に事前通知を行うという方向で(部会資料56 2頁参照)、

③については、隣地所有者及び隣地使用者の探索の負担を考慮し、あらかじめ通知することが困難な場合には、事後通知で足りる規律を設ける方向で(部会資料56 3頁参照)、

以上の各方向で調整が図られました。

 

(3) 解決のために定められた改正法の内容とその趣旨

ア 改正法の内容

改正法は、民法209条の規律を次のように改めるものとしています。(改正後民法第209条

① 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる*1。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない(改正後民法209条1項)。

ア 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕(同項1号)

イ 境界標の調査又は境界に関する測量(同項2号)

ウ 2③の規律(参照: 2 竹木の枝の切除等)による枝の切取り(同項3号)

② ①の場合には、使用の日時、場所及び方法は、隣地の所有者及び隣地を現に使用している者(隣地使用者)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない(改正後民法209条2項)。

③ ①の規律により隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地使用者に通知しなければならない。ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる(改正後民法209条3項)。

④ ①の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる(改正後民法209条項)。

 

イ 改正法の趣旨

改正後民法209条1項については、従前の問題意識に鑑み、従前の規定に追加する形で、隣地使用が必要となる典型的な3つの類型を列挙しています。これらは、例示列挙か限定列挙かという争いがあるようですが、限定列挙と解すべきと思われます*2

改正後民法209条2項及び同3項は、これらの条項が土地の所有者の所有権を制約するものであるため、その制約の程度を必要な限度とし、他方で、隣地所有者及び隣地占有者保護のため、具体的には、これらの者に隣地使用の内容が民法の要件を充足するか判断させる機会を与えるため、これらの者に対する事前通知制度が設けられました。

但し、これらの探索の負担を抑えるために、事後通知でも足りるとされています。

改正後民法209条4項は、償金を請求できるとすることで、隣地所有者及び隣地使用者の保護を図る趣旨で定められたものです。

 

ウ 自力執行との関係

改正後民法209条は、従前の「使用を請求することができる」という文言より、「使用をすることができる」という文言に変更されています。しかしながら、これは、いわゆる自力執行を認めたものではありません。

したがって、当該隣地を実際に使用している者がいる場合に、その者の同意なく、これを使用することは、その者の平穏な使用を害するため、違法な自力救済に該当することとなると考えられます。例えば、土地の所有者が、住居として現に使用されている隣地について、隣地使用権を有しているからといって、隣地使用者の同意なく門扉を開けたり、塀を乗り越えたりして隣地に入っていくことまではできないと思われます。

また、隣地使用者が通知を受けても回答をしない場合には、黙示の同意をしたと認められる事情がない限り、隣地使用について同意しなかったものと推認され、土地の所有者としては、隣地使用権の確認や隣地使用の妨害の差止めを求めて裁判手続をとることになると考えられます*3

 

(4) 検討課題

ア 使用の同意をしなかった場合の効果

今回の改正法においては、隣地使用権についていわゆる使用権的構成がとられています。したがって、隣地使用者が、隣地使用権があるのにこれを拒否し、それにより土地所有者が損害を被った場合には、隣地使用者が不法行為責任を負う場合があるものと整理されると考えられます*4

 

イ いかなる場合に黙示の同意が認められうるのか

隣地使用者が同意をすれば(判決等を取得しなくても)隣地利用が認められることからすれば、隣地所有者が「黙示の同意」をしたと認められる場合がいかなる場合か、という点が検討課題になりそうです。

この点、ケース・バイ・ケースではあるけれども慎重に判断すべきであり、単に、「××日までに回答が無かった場合には同意したものとみなします」という通知を送付し、それに答えなかった場合に、これだけで黙示の同意があったと判断することはできない、と考えます*5。土地の使用状況、隣地所有者との関係性なども考慮に入ると考えます。

 

ウ 隣地が譲渡された後、移転登記未了の場合の処理

隣地が譲渡された後、移転登記未了の場合に、誰に対して通知すれば良いのか(登記名義上の所有者のみに通知すれば足りるのか)という点については明らかではありません。この点については、民法177条の対抗関係類似の関係に立ち、登記名義人に事前通知すれば足りる、事後的に譲渡の事実が判明した場合には、「あらかじめ通知することが困難なとき」として譲受人に通知すれば足りる、と整理することができるのではないかと考えます。

 

参考リンク

 


*1 この点、隣地所有者等の明示的な承諾がなくても隣地を使用することができるという使用権的構成を採用したものと解釈されています。

*2 荒井達也「Q&A 令和3年民法・不動産登記法 改正の要点と実務への影響」159頁(2021)では、「権利の性質が使用権構成に改められ、権利行使が容易になり、場合によっては違法な自力救済を誘発しうる側面があることを踏まえると限定列挙と解すべきように思われます」と指摘されています。

*3 部会資料52 2頁参照。

*4 法制審議会 民法不動産登記法部会 第22回会議議事録 3頁(大谷幹事発言)参照。

*5 第22回会議議事録4頁(大谷幹事発言)参照。

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